red sign12(TSUKUSHI side)
ハンドルに頭を乗せたまま、目を伏せ、何か考えているクリス。
『まさか・・・そんなこと・・・』
そう独り言を呟きながら、自分自身に首を振った。
薬指に光る指輪。
愛おしそうにそっと撫でる。
きっと彼から貰ったものだろう。
昨日、ビーチで話を聞いてた時も その宝石(いし)に触れていたから。
声をかけるタイミングが掴めなくて、
寂しそうな横顔を見つめていたあたしに気がついたクリスは
「ごめんなさい。何でもないの」と涙を堪えながら笑った。
それは自分の気持ちを懸命に封印しようとしているように思えた。
まるで数時間前の自分を見ているような錯覚。
やっぱり、あたしたちは似ているんだ。
クリスは”幸せになって欲しい”と言ってくれた。
あたしだってクリスに幸せになってほしいよ?
『行きましょう、時間がないわ』
『待って、クリス』
何事も無かったような素振りで、
再びアクセルを踏もうとするクリスをあたしは引き止めた。
『どうしたの?つくし。時間が・・・』
『そんなこと、どうだっていいの』
しきりに時間を気にするクリスの手を掴んだ。
『つく・・・し?』
『無理しないで・・・クリス。
本当は今でも逢いたいんでしょ?』
あたしの突然の言葉に驚いたクリス。
彼女は唇を噛みしめ俯いた。
『・・・たい。
逢いたいに決まってるじゃない。
でも・・・今更、アランに逢っても仕方ないもの。
もう終わってるのよ』
・・・アラン・・・
初めて聞いた、彼の名前。
その横顔から伝わるもの。
切なさと・・・
恋しさと・・・
そして・・・
ずっと引きずってきた想い。
クリスは堪えていた涙をとうとう我慢できずに、嗚咽した。
解るよ・・・痛いほどに。
離れた者しか解らない・・・胸の痛みを。
ずっと傍にいたかった。
お金も、地位も、名誉もいらない。
ただ、愛する人と一緒にいたかった。
それだけだったんだよね?
しばらく泣いてスッキリしたのか、クリスは再びハンドルを握った。
あたしは助手席から美しく輝く最後の海を見つめていた。
でもそれは、ただ見つめているだけで あたしの心は別の場所にあった。
もしかしたら・・・
もしかすると・・・
わずかな期待が、あたしを動かす。
あのタクシードライバーがアランだとしたら?
もしその可能性があるとしたなら・・・
それを知ってしまったあたしは・・・どうすればいい?
何か手がかりは無いだろうか?
昨夜のやりとりを微かな記憶の中で思い出してみる。
Q・・・どこから乗ったの?
A・・・覚えてない。
歩いていたら1台のタクシーがあたしの前に止まったの。
Q・・・タクシーの色は?
A・・・暗くて覚えていない。
Q・・・じゃあ、タクシードライバーはどんな人だった?
A・・・後ろからでしか見えなくて・・・でも若かった。
多分・・・20代後半かな?
とても明るくて、陽気な人。
初めて会った気がしないほど自然な人だった。
Q・・・何を話したのか覚えてる?
A・・・カタコト混じりでたわいもない話。
Q・・・他に何か・・・覚えてない?例えば特徴とか。
A・・・暗がりだったし・・・あまり見えなかった。
・・・あっ、そういえば・・・
・・・あった・・・
・・・あったじゃない・・・
・・・ほら・・・
『あーっ!!!!!』
あたしが大声をあげると、それに驚いたクリスは急停止した。
今度のあたしは驚かなかった。
急停止よりも もっと驚くことを・・・
あたしはその手がかりを思い出したのだから。
でも・・ちょっと待って。
これが本当に手がかりになるとは限らない。
もし期待させて・・・違ってたら?
落胆した彼女を置いたまま帰国するなんて・・・あたしにはできない。
じゃあ、このまま胸の中にしまっておくの?
どうする?
どうするの、あたし?
『どうしたの、つくし?ビックリするじゃない』
『あーえっと。
部屋にパスポート置いてきちゃったかも・・・』
とっさに出てしまった小さな嘘。
嘘も方便。
『えぇ?それは大変だわ!急いで戻らないと・・・。
そうだわ、先にホテルに連絡しておくわね』
ケータイを取り出したクリスをあたしは慌てて制止する。
『えっ?あぁ!!いいの、いいのっ。
とにかく戻ってくれればいいから!
きっと従業員の人も解らないと思うし。
秘密の場所に隠しておいたから・・・』
何言ってんの?あたし!?
秘密の場所って。
それって、どこよ?
あたしの”たくらみ”など知る由も無いクリスは、慌ててホテルへと車を走らせた。
申し訳ない気持ちもあったけど・・・
少しでも役に立ちたい気持ちが 今のあたしを優先させている。
これからどうなるのか全然解らないけど・・・
・・・後悔しないように・・・
少しでもその可能性があることを祈りながら車を降りた。
クリスも一緒に部屋に来てくれるって言ったけど、
それではあたしの作戦はパーになってしまう。
だから丁重にお断りをした。
あたしは部屋に向うふりをして、
クリスに気づかれないように裏口からホテルを抜け出した。
そして近くに停まっていたタクシーに乗り込み、カタコトの英語で事情を話すと
ドライバーの案内でタクシー会社に向かった。
ドライバーの話によるとかなり出入りが激しい業界で、
同じ会社でも全く知らない顔もいるみたい。
それから、ハワイのタクシーは日本のように”流し”はしていないらしい。
空港や観光地から出ているのがほとんどみたい。
あたしが昨夜のタクシーに乗ったのは、観光地からホテルに送った後なのかな?
”アラン”という名前と・・・
右頬に”深い傷”だけが唯一の手がかり。
ひとりで動けばクリスを傷つけなくてすむ。
これがあたしが選んだ選択肢。
見つかるかな?
こんな短時間で。
不安と期待が入り混じる。
残された時間の中で精一杯やってみよう。
彼に会えることを心から祈りながら
あたしの気持ちは すでに走り出していた。![]()

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