sun and moon

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red sign1  (TSUKUSHI side)

►2008/01/06 16:34 






『ねえちゃん、早く!』








『わかってるって!』








『マジで乗り遅れるぞ!』








『今、行くって!』













弟の進に急かされながら、資料が大量に詰まったファイルを抱え

大きなスーツケースを半分引きずりながら、オンボロな階段をカンカンカンとリズムよく下りていく。



少しでもバランスが崩れると、アスファルトの窪んだ水溜りに間違いなくはまるだろう。



けれど、長年雨ざらしになった錆びた手すりに触れるには かなり躊躇いがあった。










昔ながらの商店街の裏通り。



車がやっと1台通れるぐらいの狭い路地。



ほっとかれたままの植木鉢。



高い塀の上をのそのそと歩く猫。









小さな町工場の隣りに建てられた昭和時代の箱物。



嬉しいことにバストイレ付き。




銭湯通いの昔に比べれば、ここは天国。





開かない北側の窓には多少不満はあるけれど、


少なくとも社会人になって生活レベルがアップしていることは確かだと思う。















後部のトランクに荷物を勢いよく押し込み、慌てて車に乗り込むと








『ねぇちゃん、間に合うの?』





・・・と呆れ顔の進がウインカーをカチャッとあげる。












『たぶん・・・大丈夫』













息を整えながらシートベルトに手を伸ばす。















『多分って・・・。


・・・ったく。人に遅刻するなって散々言ってたくせに。


自分のことになると甘いよな』










くちびるを尖らせてハンドルを握る横顔は、もうすっかり大人の男って感じ。


ひげもちょっと伸ばしちゃって・・・幼かったあの頃の面影も薄れてきてる。


姉として弟の成長は嬉しいような・・・寂しいような・・・。





成人してからは、対等に何でも話せるようになって


今ではあたしの良き理解者だ。




たまにどっちが年上なのか解らなくなるときもあるんだけどね。














『ハイ、ハイ。ゴメンゴメン。



仕方ないじゃない、好きで寝坊したわけじゃないのよ。


目覚まし時計の電池が・・・。






っていうか・・・車出してもらって・・言いにくいんだけど・・・



もうちょっと早く走れない・・かな?』
















『ハァ〜・・・、あのねぇ・・・。


これでも お姉さまのためにかなりのスピードで走ってるんだからな。


第一、捕まったらどうすんだよ?


ねぇちゃんの足がなくなるんだぜ?』















『うっ・・・・


それは・・・』
















郊外に暮らしている身としては大切な足がなくなるのは・・・困る。



















『それよりさ・・・


少し痩せた?ちゃんとメシ食べてんの?』












信号で止まると、心配そうに進が覗き込んできた。


















『・・・ん。・・・まぁ・・・それなりに?』



















『・・・ったく。何だよ、その疑問系は。



ハァ〜。



そんなことだろうと思ったよ』












呆れたようにあたしのおでこを小突くと、


「ハイ、これ」と後ろのシートからビニール袋を取り出した。











『うわぁ〜サンキュ!

さすが我が弟!気が利くではないか』










がさごそと袋の中からクリームパンを取り出し、早速かぶりつく。












『それ以上痩せたら、もともとナイ胸が余計になくなる・・・』










・・・ピキッ(あたしの中で切れた音)・・・












ゴツン!!!!












あたしの右の拳は見事なほど進の頭を直撃した。



口は休まなくても手が勝手に動いちゃうのよね。

















『ってーなっ・・・』
















『ふんっ!!!レディに失礼よ!』














そりゃ・・・



胸はもともと小さいって解っているけど・・・


改めて言われるとムカつくんだよね。









しかも弟に言われるなんて・・・















確かに・・・



ここのところ、不規則な生活が続いている。



食事も食べたり・・・食べなかったり。



と言うか・・・




あまりにも仕事が忙しくて食べることすら忘れてしまうのが現状で。



酷いときには出先で倒れたこともあるぐらいだ。





化粧で隠しきれなくなったクマとカサカサの肌を鏡越しで見るたびに、ため息がこぼれる。






上司も口先では休むように言ってるけど、仕事を代わってもらえるほど社員はいないし。





結局、自分でこなすしかないんだよね。
























『帰りは・・・迎えに行かないからね』












さっきまでくだらない話をしていた進が、目的地が見えてきたところで



急に改まった口調でポツリと言った。














・・・ん?







「行かないからね」と言うより、「行けないからね」・・・じゃないの?と


心の中で突っ込んでみる。
















『うん、大丈夫だよ。


帰りは会社に寄らなきゃいけないし。



例え寄らないとしても、迎えに来てもらうなんて思ってないし・・・(本当はお願いしたいところだけど)』














そんなときにふと思い出す。


そうだ、ちまたでは今日は休日なのだ。
















『あっ!


アンタもしかしてこれからデートだった!?』













『・・・・うん。今頃気づいたの?』















『うわぁ・・・・ゴメンね、あたしのせいで・・・』










急に焦りだすあたし。



今頃思い出しても遅い。




この仕事柄平日も休日も関係ないから、曜日感覚がなくなっているあたし。
















『いや、大丈夫。



ちゃんと遅れるって言ってあるし・・・』
















『そう、本当にゴメンね。



そういえば、有美ちゃんと付き合って何年になるんだっけ?』













『・・・8年・・・だけど』















『そっか、高校生の頃からだもんね。長いわよねぇ。



そろそろ結婚とか考えないの?』
















『なっ、何で話がそっちに行っちゃうわけ?


まだ、しないよ。



ねぇちゃんが結婚するまでは・・・』














『・・・』













そのひとことで何故か・・・



気まずい雰囲気になる。





進が地雷を踏んでしまったとばかりに慌てて手で口を押さえているけど。







・・・もう、遅いよ。進くん。













『・・・えっ・・・とさ・・・



俺が・・・言いたいのは・・・』











モゴモゴしてハッキリしない弟。













『言いたいのは・・・?何?』












そんな弟にわざと強い口調で、すかさず突っ込むイジワルな姉。













『あっ、・・・いえ、何でも・・・ありま・・・せん』












そんな弟が可愛く思えて、「よしよし」と形のいい頭を撫でた。












『あのね、あたしの結婚待ってたら・・・


あんた一生結婚できないかもよ?』














『そんなのわかんないじゃん。


ねぇちゃん、弟の俺が言うのも変だけどさ、綺麗になったと思うぜ?』











『///ちょ、ちょっと!朝からテレちゃうこと言わないでよ///』










『彼氏・・・作んないの?』











『作る暇がありません』













『俺さ、やっぱり・・・ねぇちゃんには道明寺さんが・・・』















『進!』















『あっ・・・ごめん』












思わずあたしは声を荒らげてしまった。


進も「あちゃ〜」という感じで。




再び気まずい沈黙。






進は久しぶりに禁句ワードを口にした。


あたしにとっての禁句ワード。


思い出さないようにと封印してしまった名前。


時間が経てば忘れてしまうんだろうなと思ってたのに。




なのに・・・未だに動揺してしまう。





あれから2年と3ヶ月。



この月日はまだあたしを癒してくれてないみたいだ。









禁句ワードの彼とは、ある誤解で別れてしまった。





別れて清々するなんて言ってはみたものの・・・


強がりな言葉とは裏腹に心はどうしようもないほど重症だった。





そんなときあたしを支えてくれたのが、いつもの彼らだった。





この人たちが居なかったら、今頃浮上できなかったと思う。




心から・・感謝、感謝だよ。










新しい恋を・・・と、滋さんや桜子に誘われて参加した合コン。



気持ちを切り替えるために参加したのに、どうやら逆効果だったみたいで。








バカだよね・・・


だって気がつかないうちに、あいつと比べてるんだもん。








情けないよね・・・


もうとっくに終わってるのに、未だに気持ちをリセットできないなんて。









ホント何やってるんだろ、あたし・・・








新しい恋をすることすらできない。




だって今のあたしは電池切れなんだもん。




心も全て、あの日に置いてきてしまった気がする。










でも、とにかく今は忘れよう。



忘れて仕事に集中しよう。



それが今のあたしの特効薬なんだから。























進が近道をしてくれたおかげで、予定時刻より早めに空港に到着することができた。













『進、ありがとね!』















『ねーちゃん、あのさ・・・』















シートベルトを外し、降りようとするあたしに進が声をかけてきた。















『ん?何?』














『・・・あ・・うん・・・。その・・・』














『あぁ!わかった!お土産でしょ?』












・・・もう、相変わらず子供なんだから(笑)。














『いや・・・そうじゃなくてさ・・・だから・・その・・・』













何か言いたそうに進があたしをじっと見つめている。














『・・・?



お土産じゃなかったら・・何?』




















『・・・あ・・・、いや・・なんでもない』



















『何よ?言いかけて。


・・・変な進』














腑に落ちないまま、ガチャッとドアを開けると進が


「うまくいくことを祈ってるから・・・」とポツリと言った。









その意味が最初はよく解らなかったけど、すぐに仕事のことだと理解して



「頑張ってくるね」とあたしは自信満々の表情で進にVサインを送った。


























手続きを済ませると、テイクアウトしたばかりの熱いカフェ・モカを片手に、


ぶ厚い書類に目を通していた。



こんなに厚いと多少なりとも うんざりしてしまう。





入社以来、国内旅行専門だったあたしが、海外担当になったのはちょうど半年前のこと。





お世話になっていた先輩が退職してしまったので、


急遽移動という運びになった・・・というのが正解。









もともとバリバリ活躍している海外部門に憧れてたし、


何の迷いもなくふたつ返事をしたのはいいのだけれど・・・。





やっぱり世の中は甘くないということを知る。






与えられたのは、膨大な書類の山と、クレームの処理。






最近では格安ツアーが人気で、これから向うハワイへは


添乗することもなく現地の支店に任せていたんだけれど、


今回は話の折り合いがつかないということもあって、


直接ハワイに行かざるを得ない状況になってしまったのだ。







ハワイ・・かぁ・・・






ハワイねぇ・・・








それなりに憧れてたんだけどな。







これが仕事じゃなかったら・・な。








やっぱり、新婚旅行で行きたかったな。








まぁ、仕方ないか・・・。














諦めに似たため息をひとつつくと、時間が迫っていたことに気づき


無造作に書類をまとめ慌てて席を立った。


















スタスタとゲートに向っている途中、聞きなれた名前を耳にしてハッと思わず足を止めた。





それは空港の中に設置してある大画面のテレビからだった。






見てはいけないと、自分に言い聞かせても・・心は自然とそちらに向いてしまう。







チカチカとあちこちから たかれるフラッシュの中を多くのSPに囲まれ、


話を根掘り葉掘り聞きたいマスコミの待ち構えている中、無表情で颯爽と歩く主役がそこにいた。

















『帰って・・・きたんだ・・・』










身体が一瞬硬直した。







ブラウン管越しに映るその姿を見るのはホント久しぶりで、


手元の書類を落としてしまったことに気づかないほど動揺していた。









高まる胸の鼓動。




けれど、チクリと胸が痛むのは・・・


まだ心の傷が癒えてないから。

















・・・「婚約者の方とはどうなっているんですか?」・・・













そんなお約束な質問にも、彼は一切何も語らず


あたしの視界から消えていった。














・・・婚約者・・か。



・・・・もう忘れてるんだろうな・・・あたしの存在なんて・・・














ブラウン管越しの元・恋人は、手を伸ばしても届かない遠い存在になっていた。





一緒に笑ってたあの頃が幻だったように思えるほどに・・・。








出国を知らせるアナウンスが流れても、その場にしばらく立ち尽くしていた。







ようやく心を落ち着かせ、落としたままの荷物にそっと手を伸ばすと


ポタポタと雫が零れ落ちていることに気がついた。













どうして今頃泣いてるんだろ・・・



バカみたい。












泣いていることが悔しくて、ファンデーションが袖についてしまうこともお構いなしで


ゴシゴシと涙を救い上げた。







そして呪文のように自分にこう言い聞かせる。









もう終わってるんだ。





もう過去なんだ。





振り返っちゃいけないんだ。






そう、いつものように抑えればいい。






簡単なことだ。





あれからずっとそうやって生きてきたんだから。










あいつが帰って来たことなんてどうってことない。








これでいい。










あとは・・・










心の信号が赤く点滅していることに気づかないふりをするだけ。







・・・それだけのこと。





























〜red sign・2〜読んじゃう?























テーマ : 二次創作 - ジャンル : 小説・文学

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