淡雪・番外編1〜ぴかの巻〜
『ほら、光(ひかり)!早くお片づけしなさい!』
『イヤ・・・まだあそぶの!』
『じゃあ、ママ光のこと置いていっちゃうからね』
『いいもん、タマばぁばがいるから』
『あらそう・・・じゃあ、ママだけお出かけしちゃうからね。バイバイ光』
『おでかけ?・・・いく・・・ぴかもいく・・・ままぁ・・・』
あたしの足にまとわりつくのは・・・
4歳になったばかりの・・・光。
あたしの夫が最も溺愛する愛娘。
通称・・ピカ。
夫は毎日どんなに遅く帰宅したときでさえも 光へのおやすみのキスは欠かさない。
そんな彼が愛してやまない娘は 最近ワガママになってきてあたしを手こずらせるほどだ。
お出かけするときも髪形が気に入らないとすぐに駄々をこねる。
だんだん おませさんになってきた。
いったい誰に似たのだろうか・・・
少なくともあたしではないのは確か。
『よぉ!ピカ!』
『そ〜じろぉ!』
その声を聞いた途端 勢いよく抱きつく光。
嬉しそうにキスでこんにちはのごあいさつをすると・・・
『ピカ・・・おいで!』
『あきらぁ〜』
その様子を見ていたもうひとりのボーイフレンドが光に ごあいさつのおねだりをする。
まったく・・うちの娘ときたら・・・
・・・はぁ〜・・・
おそらく・・・光がおませさんになったのは このふたりが原因だと思われる。
ごあいさつでキスするなんて・・・庶民生活が長かったあたしは信じらない話で・・・
F4と静さんのキスを見たときは腰を抜かすほど驚いたし・・・
こういう環境で育った光は、幼稚舎でも当たり前のように男の子にキスのごあいさつをしているらしい。
そんなことを夫が知った暁には間違いなく・・・その男の子の将来はないと思う。
想像するだけで恐ろしい。
『牧野、司は?』
『なんか急に仕事が入ったみたいなのよ』
お気に入りのウサギのリュックを光に背負わせながら、美作さんに答えるあたし。
『ままぁ・・・ぴかのくまちゃんは?』
『くまちゃん?それならベッドにあったわよ。自分で持ってらっしゃい』
厳しい口調であたしが言うと・・・
『はぁ〜い』
ちょっとふてくされた顔で返事をする光。
その顔パパにそっくり。
『ママ、厳しいねぇ〜』
・・・ムッ・・・
・・・地雷踏んだわね・・西門さん・・・
『このくらいがちょうどいいのよ。第一ね、あんたたちが甘やかすから!』
鼻息が荒くなってしまうのは仕方がない。
・・・みんな光に甘すぎる!!!・・・
『はい、はい。わかってますよ』
あたしの日頃の不満を聞き流すように、ベッドルームから戻ってきた光を抱きかかえる西門さん。
ホント・・・女の子だったら誰でもいいのっ!?って感じ。
でもまぁ・・・多忙な夫の代わりに何かと二人がフォローしてくれるので、
光は寂しい思いをせずにすむんだけど。
そういう面ではF2に感謝してる。
あの事件から数ヵ月後・・・
義母から譲り受けた指輪と共に愛する人のもとに嫁ぎ・・・
そして無事に3100gの元気な女の子を出産した。
あのとき流した感動の涙は今でも鮮明に憶えてる。
そんな幸せの中で・・・
思い出すだけでも恥ずかしい出来事があった。
多忙な夫は会議中にも拘らず、あたしの出産を聞きつけて病院に駆けつけてくれた。
すごく嬉しかったし、愛されてるって実感した。
だけど問題はこの後。
お疲れ様と言わんとばかりに・・・医師や看護師さんの目の前であたしにキスの雨を降らせた夫。
それがあまりにも長く続いたため数人の看護師さんたちに止められるほどだった。
あたしが退院するまでずっと看護師さんたちにキス事件としてからかわれ、本当に恥ずかしい思いをした。
今でも公衆の面前でもお構いなしにキスしてくる夫。
ホント恥ずかしくて・・・困ってしまう。
お願いだから光の前ではやめてほしい。
どんどん おませさんになっちゃうから。
あたしの夫・・・道明寺司。
・・・って言ってもまだ夫のことを名前で呼べない。
結婚してもう4年経つのにおかしい・・・と友人達も呆れている。
長年・・・道明寺って呼んできたのだから、今更 下の名前で呼ぶのは照れくさい。
自分も道明寺なのに・・・変だって分かってるんだけどね・・・。
タイミングを失ってしまったのよ・・・タイミングを。
最近、光にも『どうしてパパは道明寺なの?』と不思議な顔で聞かれたばかり。
その返答に困ってしまう小心者のあたしだ。
『そろそろだな・・・』
手元の時計を確認する美作さん。
その後ろ姿を見ていると秘書時代のことを思い出す。
あたしが不倫の子を宿してると噂された時、真っ先に動いてくれた。
きっと彼がいなかったらあたしは辛い日々を送っていただろう。
あとで聞いた話によるとあたしが秘書になったのは どうやら道明寺の差し金だったらしい。
あの時はみんなが必死にあたしを守ってくれたんだよね。
本当に心から感謝してるよ。
ありがとう・・・
そして光を愛おしそうに抱っこする西門さん。
その姿は本物のパパみたいで、たまに一緒にでかけると夫婦だって勘違いされるほど。
光が最初になついたのも西門さんだった。
彼には女を惹きつける何かがあるのだろうか・・・
今では家元襲名を済ませ、世界的にも有名な茶道家になった。
その自覚があるせいか昔のような遊び人の姿を今は見ることもない。
でも、それはあたしだけが知らないだけなのかも。
『ねぇ・・・ままぁ・・・だれがくるのぉ?』
『光にくまちゃんをプレゼントしてくれた人よ。くまちゃんのパパね』
西門さんに抱っこされた光の柔らかな髪を撫でながら答える。
『・・・くまちゃんのぱぱ?おなまえはなんていうの?』
『類よ』
『る・・・い。
ねぇ、ままぁ・・・るいってこわいひと?』
少し不安な顔であたしを見下ろす光。
この子はまだ類に一度も会ったことがないのだ。
『ううん、類はね・・・優しい眠り王子様だよ』
『ねむり・・・おうじさま?ねむりひめじゃないの?』
『そう、眠るのが一番大好きな王子様なの』
『ふぅ〜ん』
意味が解ってるのか・・・全然解っていないのか・・・
4歳児には難しいかな・・・
王子様って言えば怖くないかと思って咄嗟に言ってしまったのだけれど・・・
類がフランスへ旅立って今年で4年。
その間、あまり連絡もなくて・・・
どうしてるかなって気になってて・・・
その矢先、類からあるものが届いた。
その日は光の1歳の誕生日。
綺麗に包装された箱の中には 大きな目をした可愛いくまのヌイグルミが入っていた。
物心ついたときからずっと光のそばにあって・・・
たくさん買い与えられたおもちゃの中で、光が一番大切にしている宝物だ。
寝るときもおトイレに行くときも・・・
義父母に会いに行くときも必ず手にしている。
あたしがかつて彼に癒されたように、きっと光もこのくまのヌイグルミに癒されてるのかもしれない。
『ピカ、類はね・・・昔ママが好きだった人だよ』
『ちょ、ちょっと西門さん!子供の前で余計なことを言わないで!』
慌ててあたしは光の耳をふさいだ。
そう・・・あたしの初恋の人・類が4年ぶりに帰って来る。
その初恋の人も今では大切な友人のひとり。
ううん・・・簡単に友人って呼べないかも。
言葉に言い表すのは難しいけれど・・・
とにかく・・・類はあたしの大切な存在だから。
これはあたしだけの小さな秘密。
道明寺には口が裂けても言えないよ。
変わったのかな?・・・類。
『ねぇ、そ〜じろぉ、おろして。るいがくるから』
『類が来るって言ったって・・・光は類の顔を知らないでしょ?』
光を見上げるあたし。
『しってるよ』
西門さんの腕から離れた光がそのまま走り出した。
『光!こっちにいらっしゃい!』
あたしの言葉はもうあの子には届かない。
ウサギのリュックが左右に揺れ、逢える喜びを表しているようだ。
まるで長年逢えなかった恋人に再会するかのように光は走っていく。
多くの人ごみの中に紛れ込んだ光をあたしは心配で目が離せない。
小さな身体がピタッと止まった。
顔は見えないけれど誰かと話しているようだった。
混雑していたゲートが徐々に空きはじめ・・・そこに立っていたのは・・・
・・・!!!・・・
あたしは目を疑った。
そこには類の長い足にギュウっと抱きついている光がいたのだから・・・
顔も知らないのにどうして・・・?
信じられなかった・・・
彼は光を軽々と抱き上げ、そしてあたしたちの存在に気づき近づいてきた。
何故だか解らないけれど身体が震えた。
『類、元気だったか?』
久しぶりの親友の再会に美作さんと西門さんの頬もゆるむ。
本当だったら道明寺もここにいたはずなのに・・・
ちょっと残念。
そして類があたしに視線を向けた。
『ただいま・・・牧野』
『お帰りなさい・・・類』
薄茶のビー玉の瞳であたしに微笑みかける。
あの頃と全く変わらないその微笑みがあたしの涙を誘う。
『ままぁ〜どうしてないてるの?いたいいたいなの?』
何も知らない光が泣いているあたしの頭を優しく撫でてくれる。
まるでこれじゃどっちがママなのか・・・恥ずかしくなる。
『しかし、ピカもすげーよな。顔も知らねー類をひと目でわかるとは・・・』
『さすが、猛獣の娘だな。父親譲りの野性の勘が働いたんじゃねーの?』
『総二郎、まさしくそれだな!』
あたしがこんな状況なのに、背後で言いたい放題のお祭りコンビ。
・・・まったくこれから どうなることやら・・・
やがて・・・あたし達を乗せた車は空港を後にし、道明寺邸へと走り出した。
車中ではF3が昔話に花を咲かせ、あたしはその懐かしい話を聞きながら
隣りでスヤスヤと眠る愛しい光の寝顔をいつまでも眺めていた。
NEXT淡雪・番外編2〜ぴかと眠り王子の巻〜読んじゃう?・・・・・・
淡雪・番外編 | Comment(0) | Top ▲



